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イベント

2019年(令和元年)前期研修会の記録

【プログラム】

◆教育講演 (第14回東海産業歯科部会研修会および産業歯科保健部会 平成31年度前期研修会を兼ねる)

テーマ: 「働く人の口腔がんと生活習慣 ―その予防と早期発見にむけてー」

日時:2019年5月23日(木)13:30~14:30

会場:名古屋国際会議場 第3会場 白鳥ホール南

座長:金山 敏治(金山歯科)

   間瀬 純治(めぐみ歯科)

演者:長尾 徹(愛知学院大学歯学部 顎顔面外科学講座)

【講演後抄録】

口腔がんは働き盛りの男性に多いのが特徴です。口唇を含む口腔がん(C00-06)の罹患率は世界全体では全がんの中で16番目ですが、わが国では11番目に位置しています(GLOBOCAN2018,IARC)。罹患率(年齢調整)は本邦では男性6.1/10万人、女性2.4/10万人で、死亡率(年齢調整)は男性3.3/10万人、女性1.2/10万人と報告されています。年齢的には男性のピークは60歳代、女性は70歳代で、世界的な傾向として若年者の口腔がんが増加しています。

口腔がんは前がん病変から長期経過を経てがん化することが知られています。代表的な前がん病変の口腔白板症の年齢調整罹患率は409人/10万人で、男性が女性の約5倍と報告されています(Nagao et al.J Oral Pathol Med 2005)。口腔白板症のがん化率は診断定義や観察期間によって異なり、0.1%から17%と報告に幅があります。システマティックレビューではがん化率は年率1.36%(95%CI:0.69-2.03)と報告されています(Petti Oral Oncol 2003)。

発がんのメカニズムは、複数の因子が段階的に関与して悪性度を増し進展していく多段階発がん説が提唱されています。口腔がんの危険因子としては,喫煙、過度の飲酒、慢性の機械的・化学的刺激、ウイルス感染などが挙げられ、中でも喫煙は最大の危険因子で、口腔がん/口腔前がん病変発症との因果関係が明らかにされています。喫煙と口腔がん死亡についての相対リスクは、男性で2.7倍、人口寄与危険割合は52%と、喉頭、尿路、肺、食道に次いでいます(Danaei et al. Lancet 2005)。無煙タバコ(噛みタバコ)、有煙タバコの使用頻度と高い相関があり、その科学的証拠はエビデンスレベルGroup Iと十分な因果関係が明らかになっています。過度の飲酒(アルコール飲料:IARC Group I)は口腔咽頭、食道がんの危険因子で、アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドがヒトへの発がん性を有しています。アセトアルデヒドの主要な代謝酵素であるALDH2の遺伝子多型は日本人の約4割に認められ、過剰飲酒者における口腔咽頭・上部消化管への遺伝的影響が明らかになっています。また、ヒトパピローマウイルス(HPV-16)と口腔咽頭がんとの間には子宮頸がんと同様に有意な相関が認められています。一方、疫学的証拠にいまだ乏しいですが、カンジダ感染などによる口腔粘膜の慢性炎症、不良補綴物による機械的・化学的刺激による発がんも指摘されており今後更なる研究が望まれます。

早期発見は治療成績を高めることに寄与しますが、早期受診や診断の遅れによる進行がんが多い状況はここ数十年変わっていません。口腔がんは直視可能であるにもかかわらず約半数の患者が進行がんの状態で受診していることは世界共通の問題となっています。一方、口腔がんは治療がうまくいっても、ほとんどの患者さんで咀嚼、嚥下、発音機能に影響を来たし、特に進行がんでは顕著です。そのため、術後リハビリを行っても社会復帰率が低いことが問題です。また、キャンサーサバイバーの自殺率が他のがんに比べて高いことは、多くの患者さんが身体的、精神的、社会的健康課題を抱えていることを示しています(Osazuwa-Peters et al. Cancer 2018)。今後関係機関による積極的な支援体制が必要です。

現在、早期発見に向けた口腔がん検診の有効性について研究が進められ、診断精度向上の方策が検討されています。多くの疫学研究の結果から、科学的根拠に基づく口腔がん予防のためのガイドライン策定とその有効性の検討が期待されています。