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イベント

2019年度 後期研修会の記録

 2019年9月12日(木)~14日(土)に、仙台国際センターにて第29回日本産業衛生学会全国協議会が開催されました。学会のテーマは「”働きたい”を支える産業保健」で、13日には産業歯科保健部会の2019年度後期研修会が、本協議会における教育講演プログラムとして実施されました。今回の講演テーマは「働くための口腔のコミュニケーション機能と健康格差を考える ~職域で最も多い疾患への対策~」で、44名の参加がありました。

 以下に、プログラム概要と、相田 潤先生からの後抄録を掲載させていただきます。

プログラム

 教育講演9 (産業歯科保健部会2019年度後期研修会を兼ねる)

 テーマ:「働くための口腔のコミュニケーション機能と健康格差を考える  ~職域で最も多い疾患への対策」

 日時: 2019年9月13日(金) 14:10~15:10

 会場:仙台国際センター 第6会場

 座長:加藤 元(日本アイ・ビー・エム健康保険組合予防歯科)

 演者:相田 潤(東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野)

 以下に、座長、演者、指定発言者のご承諾をいただき、事後抄録をそのまま掲載致します。

指定演題教育講演9 口腔機能と健康格差

働くための口腔のコミュニケーション機能と健康格差を考える:職域で最も多い疾患への対策

東北大学大学院歯学研究科 国際歯科保健学分野 相田潤

 世界で最も多い疾患とは何か?WHO(世界保健機関)と世界の研究機関が約300の疾患を調べた世界疾病負担研究(Global burden of disease study・GBD study)において、最も多い疾患は永久歯の未処置う蝕(未治療のむし歯)であり、約3人に1人が有している。歯周病も同様にきわめて多く、歯科疾患全体はすべての疾患で最も多い疾患群としてLancet誌などで継続的に報告されている1, 2)

 この状況は日本においても同様で20歳以上の成人の約3人に1人が未処置う蝕を有しており、歯科疾患は通院者率の上位第3位に男女とも入っている。その結果、就業者の大部分にあたる65歳未満の国民医療費は、歯科疾患は糖尿病やがんを抜いて最も高額の疾患となる。さらに口腔は人と食事をしたり会話をするといったコミュニケーションに重要な器官であり、口臭の問題や、痛みで仕事に集中できないこと、治療のために仕事を休まなくてはならないこと、歯を喪失して会話に抵抗や困難が生じることなども含め、歯科疾患は多くの問題を職域で引き起こして生産性を低下させている。

 この歯科疾患には、所得や学歴や職種により大きく罹患状況が異なるという健康格差が存在する。健康格差は多くの疾患で問題となるが、歯科疾患は幼少期から有病率が高いため、他の疾患に先駆けて健康格差が出現し、高い有病率のため健康格差が他の疾患よりも明らかになりやすい。そのため歯科疾患は「鉱山のカナリア」とも呼ばれることがある。歯科疾患の健康格差を考えるときに重要なこととして、「わかっていても、行動に移せない」という人の根本的な性質を考える必要がある。歯みがきや歯科受診の重要性、砂糖やタバコの健康リスクなどの情報を知識として知らない人は多くはないと考えられるが、必ずしも行動に移せていない実態がある。日々の仕事や家庭などでの忙しさや、締め切りへの時間的な不安や、借金への不安などは、簡単に保健行動のプライオリティーを下げてしまう(寝坊した朝に、5分間の歯みがきをさぼる一方で、寝ぐせのついた髪の毛を整えて出勤していく人は多く存在するだろう。)。そのため健康格差への対処は、行動を促す「環境を整備」することになる。たとえば健康経営の一環として、歯科受診のために勤務時間内での受診を一定回数許容するような制度設計は、労働者の健康を守り、将来的な医療費を減らし、また企業の生産性を高めることにもつながるだろう。職域での歯科疾患の健康格差を減らすような取り組みが求められている。

1) GBD 2017 Disease and Injury Incidence and Prevalence Collaborators: Global, regional, and national incidence, prevalence, and years lived with disability for 354 diseases and injuries for 195 countries and territories, 1990-2017: a systematic analysis for the Global Burden of Disease Study 2017. Lancet  392:1789-1858,2018.

2) Peres MA, Macpherson LMD, Weyant RJほか: Oral diseases: a global public health challenge. Lancet  394:249-260,2019.