平成24年度前期 産業歯科保健部会研修会の記録
2012年6月1日、第85回日本産業衛生学会の産業歯科保健部会平成24年度前期研修会が名古屋国際会議場において「歯科医療従事者の労働衛生」をメインテーマとして開催されました。朝9時30分から約40名の参加者が集まり、講演が始まりました。
本研修会は、講演内容が異なるために演者ごとに質疑を受ける形で進めました。
最初に東北大学大学院歯学研究科歯内歯周治療学分野の井川資英先生より「歯科医療業務の3管理-歯内療法時のホルムアルデヒド蒸散管理を含めて」と題して、歯科診療室のホルムアルデヒド蒸散管理のみならず実際の技工室の写真や研究事例を紹介され、一事業所でもある歯科医療を提供する診療室の労働安全衛生の現状と課題について、日頃歯科医療従事者が気づかない点も含め示されました。
次に、東京医科歯科大学歯学部口腔保健学科の小原由紀先生より「歯科衛生士業務と作業関連筋骨格系障害」について、スケーリング作業を中心として基本的な人間工学的な解説とその特徴について述べられた後、歯科衛生士業務内容等に関する欧米との差異について示され、今後の研究の方向性のみならず対応策についても言及されました。
最後に愛知県岡崎市の金山歯科医院、金山敏治先生より「歯科医院の医療安全とリスクアセスメント」として、地区歯科医師会会員の歯科医院における医療安全に関するアンケート結果、患者からの暴言・暴力被害とその対策、およびリスク評価の重要性について示されました。長く取り組んでおられることもあり事例が豊富で、リスク評価から医療器材の仕様変更に至った点では感銘さえ感じました。
以下、演者の事後抄録を掲載します。
(文責:藤田保健衛生大学医学部公衆衛生学 間瀬純治)
歯科医療業務の3管理 歯内療法時のホルムアルデヒド蒸散管理を含めて
東北大学大学院歯学研究科 歯内歯周治療学分野 井川 資英
歯科医療業務での労働衛生対策の3管理を考えた場合、具体的には作業管理(作業時間:過労、作業姿勢:腰痛・頸肩腕症候群・その他筋骨格系の疾患など)および作業環境管理(肝炎等の感染症、アスベストによる中皮腫、ホルムアルデヒドなどの薬品による発ガンやシックハウス、切削研磨時に飛散する粉末による呼吸器疾患や眼科的疾患、タービンの騒音による難聴、VDT作業による眼精疲労や頚肩腕症候群、レントゲン作業による電離放射線障害など)に関連する健康障害発生の可能性が考えられる。これらは厚生労働省による指針等に定められた安全基準に則り、適切な管理を行わなければならない。
演者らは歯科診療室の作業管理?作業環境管理として、根管貼薬の際のホルムアルデヒド(フォルムグアヤコール:FG)の蒸散についてシミュレーション実験や診療室内空気中のホルムアルデヒド濃度調査などを行った。その結果、蒸散したホルムアルデヒド濃度が特化則で定められた管理濃度に達しなかったことから、その使用の安全性を確認した。リスク(空気中濃度)を低減化する手段として、ユニット付属バキュームや口腔外大容量吸引装置などは局所排気装置に相当し、これを用いることは診療室内空気中のホルムアルデヒド濃度の低減化に有効であることを示した。さらに、作業管理的対策として薬瓶等の開放を短時間にすることや、全体換気(窓開けによる空気の入れ替えなど)を励行すべきであると考えられる。
また3管理以外にも、今後関心が向けられるべき事項として、健康確保対策や快適職場づくり対策(経営や雇用に関するストレスや不安など)があげられる。更に、安衛法に以外の法律に関するものとして、労基法(雇用・解雇・給与その他)、育児介護休暇法(産休、育休等)、派遣法(労働者派遣)、パート労働法、均等法(ハラスメント)などに関係するものがあげられる。
歯科衛生士業務と作業関連筋骨格系障害
東京医科歯科大学歯学部口腔保健学科 小原 由紀
歯科医療従事者に多くみられる職業性疾患の一つに、作業関連筋骨格障害がある。この障害は、身体的仕事によって引き起こされた可能性のある、上肢や体幹の筋肉・腱・靱帯・神経・滑膜・軟骨の炎症や変性、断絶など筋骨格系の障害であると定義されている。
この障害の特徴は、すべての個人が障害に対して同じようなかかりやすさを持っているとは限らないこと、また、職場の組織面や社会的支援要素が障害の発生率や時間的パターンに関与している可能性があるという点である。
欧米諸国においては、労働力の損失という経済的影響の大きさから、1970年代後半以降、様々な職種における実態調査がなされてきた。
歯科医療の特徴として、1)目を酷使する、2)前腕の不支持、3)繰り返し動作、4)首の静止、5)首の伸展屈曲、6)不安定な姿勢が挙げられ、こういった要素が障害のリスクを高めているとされている。
歯石除去や歯科診療の補助等、歯科衛生士が行う業務の多くは、手先を頻繁に使用し、同じ姿勢を長時間続けるなど身体的な負担が大きく、作業関連筋骨格系障害のリスクは高いと考えられている。
歯科衛生士に多くみられる作業関連筋骨格系障害としては、手根管症候群、尺骨神経管障害、腱鞘炎などがあり、海外においては多くの調査報告によると、発現率は、64~93%であり、リスク因子として、年齢や経験年数、心理的要因等が挙げられている。
本障害の予防のためには、障害に対する認識を持つことと、正しい姿勢(ニュートラルポジション)の保持、労働環境の整備、バイオメカニクス(人間工学)への理解が重要である。
患者により良い医療を提供するためには、口腔保健医療の専門職である歯科衛生士の健康、労働環境を守る労働安全衛生の概念が不可欠である、しかしながら、日本の歯科衛生士における障害の実態については、十分な検討がなされていない。歯科衛生士の専門性、キャリア形成の観点からも、今後更なる調査研究が必要であると考えられる。
歯科医療安全とリスクアセスメント
金山歯科医院 金山 敏治
平成18年の改正労働安全衛生法(第28条の2)で、職場における労働災害発生の芽(リスク)を事前に摘み取るため、設備・原材料・作業行動などに起因する危険性・有害性の調査(リスクアセスメント)を行い、その結果に基づき、必要な措置を行うよう努力義務が定められました。
医療現場では、患者に対する医療事故防止の安全対策は良く取り扱われていますが、医療スタッフに対する安全対策は遅れがちです。安全職場と思われている歯科医療現場にも製造業と同様に数多くのリスクが存在し、医療機器等の使用による重傷災害の報告もあります。歯科医療スタッフの安全の向上を目的に、岡崎市(人口378,405人)岡崎労働基準協会のリスクをオニに例えた「岡崎地域安全オニ退治運動」に参加し「医療機器・作業等による医療スタッフの傷害0」を達成したリスクアセスメント事例と、産業衛生学会東海地方会産業歯科部会で作成して岡崎歯科医師会員37名に実施した医療安全の実態のアンケート結果より、リスクアセスメントの実施が医療現場でも安全対策に有効で、危険性または有害性の発見とその改善が、医療スタッフの安全確保対策となります。
問題点として、最近増加傾向の医療スタッフに対する患者の暴力事故については、リスクアセスメントの活用が十分できない面もあり、今後その問題点を洗い出し、さらに参加者に頂いた提言を参考にして、医療スタッフの安全性の向上を図りたいと思います。