平成30年度 後期研修会の記録
平成30年9月14日(金)~16日(日)に、東京工科大学蒲田キャンパスにて第28回日本産業衛生学会全国協議会が開催されました。学会のテーマは「働き方の変革期における戦略的産業保健 ~すべての働く人々の健康のために~」で、15日には産業歯科保健部会の平成30年度後期研修会が、本協議会における教育講演プログラムとして開催されました。今回のテーマは「現代・安衛法「歯科特殊健康診断」の考え方、やり方」で、70名の参加がありました。
プログラム
教育講演2 (兼 産業歯科保健部会後期研修会)
「現代・安衛法「歯科特殊健康診断」の考え方、やり方」
座 長: 藤田 雄三(藤田労働衛生コンサルタント事務所)
演 者: 矢崎 武(COH労働衛生コンサルタント)
指定発言: 戒田 敏之(茨城県歯科医師会)
以下に、座長、演者、指定発言者のご承諾をいただき、事後抄録をそのまま掲載致します。
教育講演 座長まとめ
藤田労働衛生コンサルタント事務所 藤田 雄三
今回歯科医師による健康診断(特殊健康診断)に関する教育講演を企画されたのには以下のような理由があった。
労働安全衛生法第66条にある「歯科医師による健康診断」は現行の労働安全衛生法が施行された昭和47年より以前の労働基準法の時代から規定されているものなので、歯科医師にとって比較的知られている特殊健康診断といえるが、政令に書かれている対象物質が強酸類を中心に示されているため、あたかもそれらのみが対象のように思われている節があったこと、また強酸類によって現れる症状の一つが「歯の酸蝕症」であるので、健診は「歯」のみを診ていればよいとの誤解も続いていること、そして代表的な症状である「歯の酸蝕症」一つをとってみても、全体として環境が良くなってきたため特殊健診で有所見となるケースが少なくなっている現状から、この健診を軽視する傾向も散見されていた。
今回これらの問題に警鐘をならし続けてきた矢崎先生から、改めて「歯科医師による健康診断」を原点から説き起こしていただき、存在していた多くのあいまいな部分をはっきりさせたうえで、その意義と役割を再確認させていただいたように思う。
とくに、歯科医師による特殊健康診断の必要な対象事業場数については、製造業で基本的な化学物質である酸類が対象であるため、その数は膨大であろうとの想像はされていたのであるが、実際の数字を論じられたことはなかった。今回初めて矢崎先生によってその推計値が示された意義は大きい。いずれ論文として発表されることを期待したい。
なお、実際にこの特殊健診の経験が豊富な立場から、その実施上の問題点などにつき、戒田先生に指定発言をお願いしたところ、地域の健診のマネジメント役をなされている立場で、様々な問題点について率直な、かつ大変興味のある内容ご発表をいただいた。
また、この講演には歯科関係者のみならず、多くの産業医、健診機関の医師、産業看護職などの方々がご参加され、ご発言をいただいたのは大変意義深いものがあったと思っている。
このように成功裏に終わったのは企画から運営に至るまでご尽力をいただいた関係者の皆様のご尽力おかげと、あらためて感謝申し上げる。
(文責 藤田雄三)
現代・安衛法「歯科健康診断」の考え方、やり方
COH 労働衛生コンサルタント 矢崎 武
1.はじめに
労働安全衛生法(安衛法)における化学物質管理(健康管理)は、作業環境管理、作業管理、健康管理の三管理が柱になっている。歯科医師が行う健康診断(健診)はその健康管理に位置づけられるが、通常、健康管理単独で行われるものではなく、他の二管理を強く意識した形、あるいは三管理一体となった形で行われる。
2.歯科健診の混乱
安衛法制定以降、化学物質管理が広く行われるようになり、職業性疾病の減少、軽症化などとその成果がみられてきている。他方、歯科界では、安衛法の歯科健診は「酸蝕症(重症歯の酸蝕症)を検出する検診」であるという思い込みが蔓延していた。歯科以外の特殊健診が疾病管理から健康管理へ移行する中で、旧態依然の疾病管理を続ける歯科検診の異様さが目立つようになってきたが、歯科界の反応は鈍く、「酸蝕症がみられないので、検診はやめてもよい」と健診消滅を容認する気配すら感じられるようになった。労働者の健康確保のため、歯科医師がかかわることのできる化学物質管理の機会を、感覚の遅れと誤った思い込みの中で放棄するようなことがあってはならない。
3.歯科医師が行う特殊健康診断
歯科医師が行う健康診断は一定の有害物質について行われる特殊健康診断(特殊健診)である。特殊健診については法が診査項目等を指定していることが多いが、歯科健診についてそのような規定はない。法的には、歯科健診の診査内容は歯科医師の裁量に任せる形になっている。
4.「その他」の意味
歯科健診の対象物質の中に「その他歯又はその支持組織に有害なもの」がある。この「その他」について規定はなく、法的には、これも診査を担当する歯科医師の裁量に委ねられている。他方、現在「医師」が行っている特化則特殊健診、あるいは労災認定列挙疾病関連の診査項目の中に歯科症状が記されている。さらに、たとえば特化物には「咳」、「痰」を症状とする物質が数多くある。仮に、歯科健診においてそれらの症状が見られたとき、労働者の健康確保のため、歯科医師がその症状に関心を持ち、診断にかかわり、そして歯科の立場からその化学物質管理にかかわることは歯科医師として自然の行為でもある。
5.歯科特殊健康診断の対象事業所数
これまで、歯科健診実施義務のある事業所数が公表されたことはない。きわめて希なことであるが、平成29年実施の歯科健診結果報告を行った事業所数が公表された。これに触発され、公表されている統計資料を基に歯科健康診断実施義務のある事業所数を推定してみた。結果、不確かさは残るものの、歯科健診実施義務のある事業所総数はおよそ20,000ヵ所と推定された。
6.これから
口腔領域に症状を現す可能性がある化学物質について、健康診断をとおして歯科の立場からその管理(化学物質管理)を考えるのが安衛法における歯科健診の基本姿勢である。ちなみに、安衛法に酸蝕症という言葉は存在しない。他方、これまで未知だった法定歯科健診の対象事業所数が示唆され、これにより歯科健診未実施事業所対策などの具体策を検討できる可能性が出てきた。幸い、法は歯科健診の内容の多くを歯科医師の裁量に任せている。この領域における歯科界の将来は、これにかかわる歯科医師の意欲と裁量にかかっている。
指定発言を終えて 事後抄録
茨城県歯科医師会 戒田 敏之
今回は指定発言という貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。
シンポジウムの中で、一番感じたことは、歯科医師だけでなく、産業医をはじめ、産業保健スタッフにおいても、この歯科特殊健診を完全には把握されてないことがよくわかりました。このフォーラムを通して、この健診に携わる者は、以下の点を改善する必要があるのではないかと思いました。
まず、歯科医師は歯科特殊健診の前に、産業保健の基礎知識をもう1度再確認すべきではないかと思います。茨城県で、歯科特殊健診認定歯科医師講習会を開催しても、基礎知識がなければ、意味がないこと、また、実際に作業場に行っても、本来の化学物質管理ができず、治療管理の健診(すなわち、健診=治療)を行いかねないという危機を感じました。
事業者においては、健診をやったという結果ではなく、きちんと健診を行い、化学物質管理がうまくいっているという成果に、着目すべきではないでしょうか。そのためにも、産業医等の産業保健スタッフのこの健診に対する正しい理解が必要かと思いました。
そして、行政においては、特殊健診でありながら今でも、一般健診診断扱いになっている歯科特殊健診の報告義務について、すみやかに他の特殊健診診断と同様な扱いで、労働基準監督署に提出することを、日本歯科医師会から、厚生労働者に働きかけることが大切であると感じました。
最後に、歯科医師による特殊健康診断は、行政や健診機関でなく、我々歯科医師自体が旗手となって今後も取り組んでいくことが、歯科医師の産業保健の中での地位の向上にも役立つと感じました、今後、産業保健の中での歯科医師の活動を活性化するためにも、産業保健の核となる歯科医師の育成を諸機関に要望し、私の事後抄録とさせていただきます。
以上