2025年度関東産業歯科保健部会後期研修会の記録
テーマ【産業保健職が知っておくべき閉塞性睡眠時無呼吸(OAS)】
研修会名 2025年度 関東産業歯科保健部会前期研修会 (敬称略)
日 時: 2025年12月14日(日)10:00~12:30 オンライン(Zoom)開催
座長:澁谷智明(日立製作所) 後藤理恵(ライオン歯科衛生研究所)
テーマ:産業保健職が知っておくべき閉塞性睡眠時無呼吸(OAS)
講師
1)奥野健太郎先生(大阪歯科大学高齢者歯科学講座・大阪歯科大学附属病院睡眠歯科センター)
2)石山裕之先生(東京科学大学大学院医歯学総合研究科咬合機能健康科学分野)
事後抄録:本研修会は、日本産業衛生学会関東産業歯科保健部会により開催され、テーマである「閉塞性睡眠時無呼吸(Obstructive Sleep apnea: OSA)」の疫学、病態、診断、および歯科的治療法について、医科歯科連携の視点を含めて議論されました 。
1. 閉塞性睡眠時無呼吸の現状と重要性
大阪歯科大学の奥野健太郎先生は、OSAが単なる個人的な健康問題ではなく、日本の経済損失が約15兆円に上る重大な社会問題であると指摘しました 。現在、国民の睡眠への意識が高まっており、睡眠関連ビジネスの市場規模も拡大しています 。OSAの受診患者は約70万人ですが、潜在患者は軽症を含めると約2,200万人(国民の約5人に1人)に上ると推定されています 。
OSAは日中の眠気、集中力低下、疲労に加え、高血圧、糖尿病、心疾患などの生活習慣病のリスクを高め、交通事故の確率を2.5倍にするなど、労働災害のリスクも明らかです 。このため、産業保健職にとって、健康経営を行う上で従業員の健康管理と安全管理の観点からOSAへの対応は極めて重要であるとされました 。
OSAの病態は、睡眠中に舌や軟口蓋が落ち込み、気道が狭窄・閉塞することで生じます 。いびきはOSAの重要なサインであり、患者の90%以上が習慣的にいびきをかくため、スクリーニングの重要な手がかりとなります 。
2. 口腔内装置(Oral Appliance: OA)による治療と医科歯科連携
OSAの治療法の一つとして、歯科が担当する下顎前方移動型の口腔内装置(OA)療法があります 。OAは、下顎を前方に保持することで舌や軟組織を前方へ牽引し、気道を物理的に広げる装置です 。奥野先生は内視鏡による実演を通じて、下顎の前方移動が気道拡大に効果的であることを示しました 。
診断は医科(睡眠ポリグラフ検査、PSG)が行い、AHI(無呼吸低呼吸指数)に基づいて重症度が決定されます 。OAは主に軽症から中等症のOSA、またはCPAP(持続陽圧呼吸療法)が不適応な患者に適用されます 。歯科医師は、OA作製に加え、エックス線写真や内視鏡検査を通じて顎顔面形態や気道閉塞の原因診断に貢献できることが強調されました 。また、OAの治療効果(気道拡大率)を内視鏡で予測する研究も紹介されました 。
近年、循環器内科などから、高血圧や心房細動の再発予防を目的としたOA治療の紹介が増加しており、OSA治療が全身疾患の管理に寄与する新たな連携が広がりつつあります 。さらにApple Watchやスマートリングなど、一般ウェアラブルデバイスに搭載されたOSAスクリーニング機能への対応も、今後の課題として挙げられました 。
3. 顎関節症のリスクマネジメント
東京科学大学の石山裕之先生は、OA治療における顎関節症のリスクマネジメントについて解説しました。OA療法は下顎を前方に誘導するため、顎関節や咀嚼筋に一定の負荷がかかり、副作用として起床時の一過性の咬合違和感や、顎関節痛・咀嚼筋痛が生じることがあります 。
最も重要な点は、OAの治療効果と副作用を両立させる下顎位のタイトレーション(段階的調整)です 。下顎の前方移動量が大きすぎると副作用のリスクが高まるため、最大移動量の50%から75%を初期設定とし 、症状を見ながら慎重に調整することが求められます 。石山先生は、既存の研究から、顎関節症(円板障害や疼痛障害)の既往があっても、OAは必ずしも禁忌ではないとし 、症状の程度を評価し、痛みが生じた場合はOAの調整や、自己開口訓練、咀嚼筋マッサージなどの可逆的な保存的治療を行うべきと述べました 。特に、開口初期にクリック音が生じる患者は、OA使用により咬合の変化(奥歯の開咬)を招くリスクがあるため注意が必要です 。
最後に、OA治療を継続させるために、患者に対して事前に副作用を説明し、半年に一度の定期メンテナンスの必要性、および起床時のセルフケア(開口運動や咀嚼)を指導することが、アドヒアランス(継続使用)の向上とリスク予防につながると強調されました 。
添付ファイル