2025年度(令和7年)前期研修会の記録
産業歯科保健部会前期研修会
働く人々の全身の健康づくりに寄与できる歯科口腔保健
2025年5月15日(木)11時45分~12時15分
座長:安田 恵理子 (大阪歯科大学 口腔衛生学講座) 安藤 栄吾(山形県歯科医師会)
講師:竹内 研時(東北大学大学院歯学研究科地域共生社会歯学講座国際歯科保健学分野)
<抄録>
世界経済フォーラムは2024年5月に、世界人口の約半数にあたる35億人が口腔疾患の影響を受けていることを報告した。その影響が、歯や口腔の健康だけでなく全身の健康状態にまで及ぶことは、近年の研究報告やメディア等の報道で歯科専門職以外の一般の方々にもある程度広く知られることかと思うが、経済状況にまで及ぶことは驚きをもって伝えられた。2019年時点における口腔疾患の世界的な経済影響は総額7,100億ドルと推計されており、そのうち3,870億ドルは直接コストによるもので、残りの3,230億ドルは5つの主な口腔疾患(乳歯と永久歯のう蝕、歯周炎、無歯顎症、その他の口腔疾患)による生産性の損失であった。このことは、口腔の状態が個人と社会の双方に莫大な経済的負担を与えていることを端的に表している。特に、口腔疾患を理由とした就労世代の労働生産性の低下(欠勤や仕事の見通しの低下など)は、世界的な問題である。本邦でも、20代以降のほぼすべての年齢層で約3人に1人が未処置の永久歯う蝕を有する(令和4年度歯科疾患実態調査)など、有病率の高さが国際水準と同程度であることを踏まえれば、就労世代の健康づくりを考えるうえで口腔疾患への対策が大きな課題と言える。
2022年に経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に国民皆歯科健診の具体的検討の推進が盛り込まれたことを機に、職域での義務化された歯科健診が存在しない(一部例外あり)ことや、就労世代の歯周病の罹患割合の高さなどが課題に挙がった。今後、数年の間に毎年の歯科健診が国民に義務づけられる可能性がある一方、主に就労性代の歯科疾患予防を目的に実施されている歯周疾患(歯周病)検診については、その効果のエビデンスの蓄積は残念ながら乏しい。そこで近年、われわれは歯周疾患(歯周病)検診の受診がその後の歯科受診割合の増加や医療費とどう関連するかを政策科学の視点から検証を行ってきた。本研修会では、就労世代を中心に歯科口腔保健の現状と課題を疫学的な特徴を踏まえて提示しつつ、先の研究成果についても紹介したい。また、就労世代の健康づくりに向けた視点で、ライフコースの蓄積の中で口腔疾患がどのような疾患と結びついて健康を脅かし、要介護や死亡のリスクを高めるかについても、われわれの研究成果を引用しながら概説したい。
産業衛生学会全国協議会抄録集より学会および講師の許可を得て転載