2024年度(令和6年)後期研修会の記録
産業歯科保健部会後期研修会
職域における慢性疼痛や身体違和感などの訴えにどう対応するか?
2024年10月5日(土)9時45分~11時45分
座長:久篠奈苗先生(東京家政大) 石井広志先生(石井歯科医院・千葉県歯科医師会)
慢性疼痛や身体の違和感がある状態をDSM-5では身体症状症と呼んでいる。この中には機能性身体症候群(Functional Somatic Syndrome: FSS)といった何らかの身体症状はあるが、それに見合う器質的異常所見を見出すことが困難な疾患も含まれている。そのためその治療は長期に及び、職域においても、労働効率が低下する(プレゼンティズム)と考えられる。主なものとしては過敏性腸症候群、慢性疲労症候群や線維筋痛症などがあるが、歯科においても情報機器作業がその要因の1つである顎関節症の一部がそれにあたる。
今回身体症状症とはどのようなものであるか、また職域や医療現場ではどのように対応しているか、歯科関係者を含め産業医療職は知っておく必要がある。そこで今回その対応に精通している先生方に講演いただく。
1:医科での対応(認知行動療法) 清水栄治先生(千葉大医学部附属病院認知行動療法センター教授)
職域での慢性疼痛や身体違和感などは、精神科では米国精神医学会のDSM-5での「身体症状症」と診断されることがあり、一つあるいは複数の身体症状がつらくて、日常生活の妨げになり、症状についての強い不安(感情)や過剰な心配(思考)や行動が6か月以上続く状態とされる。「医学的に説明できない身体症状」であることから、患者がもともとの身体科(内科、外科など)の医師との関係性が良好でなく、医療不信に陥ってしまっている場合もあり、「なぜ、身体に症状があることが問題なのに、精神科なのか」と精神科受診に拒絶的な態度を示すこともある。我々は、身体症状症とうつ、不安、神経症傾向のみならず、注意の切り替えの苦手さ、不注意、多動性・衝動性のような発達特性との関連をWEB調査から明らかにした。このような背景から、患者との「治療同盟(working alliance)」を意識し、丁寧な心理教育(psychoeducation)を行う必要がある。その際、身体症状症をパニック症の認知行動療法モデルに近づけた説明を行うと、患者さんに理解してもらいやすい。職場(あるいは家庭等)でのストレスフルな出来事で、常に注意を向けていた身体症状を感じると、身体症状を危険(脅威)として認知、つらい身体症状が悪化する予期不安、怒り、悲しみなどの感情が強まり、身体症状があっては自分は何もできないという「破局的誤解」が活性化され、心配をし続ける悪循環を説明し、これを断ち切るようにするという心理教育である。認知行動療法は、(1)現在の認知と行動の修正に焦点を置く、能動的、指示的、時間限定的、構造的で、(2)精神疾患の問題行動が維持される認知的、行動的因子の詳細な病因モデルを基盤とした工夫を行い、(3)対照比較試験によって、有効性を証明し、病因モデルの妥当性を科学的に検証する精神療法である。身体症状症に対して、メタ解析で有効性が示されている。専門的治療でなくとも、産業保健の現場で、身体症状症の患者がストレス・マネジメントをすることができるように、簡便な低強度の認知行動療法を提供していただきたい。千葉大学では、「慢性疼痛の認知行動療法プログラム」というWEBサイトに、6セッションで構成される低強度認知行動療法のマニュアルを公開、ダウンロード可としている。当日は患者のセルフヘルプ(自助)のために用いる認知行動療法を医療者がサポートできる内容を紹介したい。
2:歯科における心身医学的な対応 和気裕之先生(みどり小児歯科・昭和大)
歯科で扱われている主な疾患はう蝕や歯周病等の細菌感染症であり,また,治療はその結果としての歯の欠損に対する修復治療(レジンや金属による詰め物)や補綴治療(ブリッジ,義歯,インプラント等)等が多い. その他には,不正咬合に対する矯正治療や審美治療等がある. その一方で,口腔顎顔面領域には心身医学的要因が関与する病態が存在する. この領域は,不安や緊張等の影響を受けやすく,それに伴う唾液分泌量の減少や咀嚼筋の収縮と疲労,さらに歯の接触時間の延長や顎関節円板の転位等による疾患が起こる場合がある. また,痛みは主に急性痛であるが,慢性痛に該当する例も少なくない. しかし,これらは一般にはあまり知られておらず,患者や家族,また,職域での認知度が低い.
今回は,その中で,口腔灼熱痛症候群(BMS)/舌痛症,咬合違和感症候群,顎関節症について解説し,さらに歯科心身症の概念を紹介する. 歯科心身医療で主に扱われてきた病態は,最も頻度が高いのがBMS/舌痛症である. これまで,原因不明の一次性と,口腔カンジダ症や口腔乾燥症等に伴う二次性に分類されてきた.しかし,国際口腔顔面痛分類(ICOP-1・2020)は,局所的および全身性の原因が除外されたものをBMSと診断すると規定した.すなわち,現在のBMSは機能的障害(診察と検査で異常が見つからない)に該当し,概ね痛覚変調性疼痛として捉えられる.
次に, 歯科特有のものに咬合違和感症候群があり, 広義と狭義に分類されている(日本補綴歯科学会・2013).広義は咬合の違和感を訴える症例の総称で,狭義は原因不明のものを指す. 広義の大半は,歯や義歯,顎関節や咀嚼筋等の器質的障害に起因する. 一方,狭義は機能的障害で,身体症状症及び関連症群に該当する例が多く,一部に統合失調症,うつ病,変換症等がある.
そして,顎関節症は咀嚼筋痛障害,顎関節痛障害,顎関節円板障害および変形性顎関節症に分類されており,これらは重複することがある(日本顎関節学会・2013). 顎関節症は機能的障害,器質的障害,さらに,その両者が併存した病態が含まれている.また,bio-psycho-social modelで捉えて2軸評定を行うことが推奨されており,いずれの病型も心理-社会的要因が関与している.
これまで歯科心身症は,明確な定義や概念がなく混乱が続いてきた. そこで私達は,上記を踏まえて,日本心身医学会の心身症の定義(1991),ICD-10(F54),および米国精神医学会のDSM-5(code316)に準拠した「歯科心身症の概念(2021)」を作成し,提唱してきたので紹介したい1)2).
今回,歯科における心身医学的な対応が必要な疾患や病態を概説することで,参加者の理解が深まり,早期の対応に繋がることが期待さる.
1)和気裕之,他.歯科心身症の概要と新概念への展望.日本口腔顔面痛学会誌2022;15(1):1-11.
2)和気裕之.心療内科医・精神科医に患者を依頼するときに―日本心療内科学会で心療内科医へ伝えてきたことー.歯界展望2024;143:1060-1071.
3:心理師としての対応(職域での身体症状症への対応と自律訓練法など) 桑山佳子先生(日立製作所京浜地区産業医療統括センタ)
○心理社会的なストレスと身体疾患、症状
ストレス関連疾患は、うつ病や適応障害だけでなく、気管支喘息、過敏性腸症候群、アトピー性皮膚炎、頭痛や吐き気、慢性疼痛等の身体症状も、心理的、社会的なストレスを主因として発症することが知られている。疾患概念としては、身体症状症はDSM-5の「身体症状症および関連症群」、過敏性腸症候群や線維筋痛症等の心身症は同診断カテゴリーに追記された「他の医学的疾患」にそれぞれ含まれている。
厚生労働省の調査によると「現在の仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスを感じる事柄がある」と回答した労働者の割合は8割に達しており、疾患とプレゼンティーイズムの関連における先行研究のレビュー論文では、プレゼンティーイズムに影響を及ぼす疾患、症状として、片頭痛や気管支喘息、過敏性腸症候が例として挙げられている。そのため労働者のストレス対処とセルフケア行動を促す取り組みは、今後の産業保健活動においてより一層重要になることが考えられる。
○職域での身体症状症、心身症への心理的支援
演者は企業内心理職としてメンタルヘルス対策に従事しており、頭痛や吐き気、腹部膨満感や過敏性腸症候群などのストレス関連疾患について従業員から相談を受ける機会も多い。特に過敏性腸症候群に関しては、通勤や出張、会議等で行動上の制限が生じるだけでなく、QOLへの影響も大きいため、本人の困窮度合は極めて高い印象がある。
過敏性腸症候群を含む心身症への治療的アプローチとしては、薬物療法に加え、心理療法も選択肢となる。
過敏性腸症候群のガイドラインでは、認知行動療法や自律訓練法を含むリラクゼーション、催眠療法、力動的精神療法が症状改善効果があるとして推奨されている。
なお身体症状症、心身症が現れやすい性格特性としては、几帳面さ、完璧主義、自己表現や内省が苦手、などがいわれている。演者の経験では、ストレスを抱えながらも自分を抑え、自分自身あるいは周囲の期待に応えたいと頑張り続けた結果に生じる、過剰適応反応と感じられるケースが多い。
従って、支援の方向性としては、過剰適応状態の見直しと緩和、症状に対する本人の認識やこだわりへの変化を促す関わりが主軸となる。具体的には以下点を意識しながら面談を行っている。
・自分の感情や思いを言語化し、その表現を他者に理解される体験と自己点検できる機会を保証すること
・心理士からのフィードバックにより、自らに課している無理強いへの気づきとその緩和を動機付けること
・セルフモニタリングを通じて症状を客体化し、症状に対するとらわれ、責任から解放されるように促すこと
本人は長らく症状に悩んでいることもあって性急な症状改善を期待する場合も多く、上述の支持的関わりのみでは不十分なケースもある。本人要望を踏まえつつ、暴露療法などの行動療法を併用して前進している感覚を持ってもらうこと、自律訓練法のトレーニングを取り入れて、意識的にリラックス状態をつくりだせる感覚を掴んでもらうことも大事なポイントとなる。講演当日は架空の事例を交えて、演者が行っている支援についてご紹介したい。
4:理学療法士としての対応(主に頭頚部の筋骨格系疾患について) 古泉貴章先生(顎関節ケアセンター)
2022年厚生労働省「国民生活基礎調査の概要」では男女ともに筋骨格症状では腰痛が1位,2位は肩こりと報告されてる.本調査では全年齢を対象とし人口1000人あたり腰痛の発症率は男性9.16%・女性11.9%,肩こりが男性5.3%・女性が10.5%と約10人に1人が症状を有している可能性を示している.特に肩こり症状では女性が男性よりも高値を示している.2022年以前の2019年・2016年調査結果もあり,上昇はしていないが減少傾向でもなく慢性的な症状をとして捉えることができる.
私は15年整形外科に勤務し,医師と連携し筋骨格疾患症例に対して理学療法を提供してきた.腰痛・頚部痛(頭痛・肩こり症状含む)は全年齢に,膝関節痛に関しては高齢者に多かった.頭頚部の筋骨格疾患には骨性由来の頚椎症(変形性を含む),筋性由来の頚肩腕症候群(いわゆる肩こりや事故によるムチ打ちを含む),神経性由来の頚椎ヘルニア・後縦靱帯骨化症などに対応していた.また歯科院勤務では歯科医と連携し顎関節症に対応しているなかで.顎関節症症例も肩こり症状,そして頭痛症状の併存症例が多く,海外でも顎関節症症例は頭痛53%,頚部痛54%,腰背部痛も64%併存していたと関連性を報告している(O Plesh,2011)
今回は頭頚部に対しての理学療法士の対応ということで,近年パソコン・スマートフォンの普及により不良姿勢の継続が症状を発現・持続させる要因としては否めないのはご周知の通りである.2023年総務省情報通信政策研究所の報告では,高齢者ではテレビ視聴が平均3時間以上/日,若年者ではパソコン・スマートフォン視聴が2時間40分以上/日と報告している.視聴時には頭頚部が下方,また前に出る姿勢を一般的に不良姿勢(頭部前方位姿勢:Forward Head Posture)として表現されている.不良姿勢は頭頚部に力学的な負担を増加させ,世間では「スマホ首」、「スマートフォン症候群」という言葉がインターネット上で散見できる.実際に頭部の重量は約4〜5kg(体重の約10%)とされ,頭頚部が15°下に傾斜すると約12kg・30°で約18kg・45°で約22kg・60°で27kgと良姿勢と比較すると60°傾斜では約5倍の重量が頭頚部にかかると報告されている(K. Hansraj,2014)。
頭頚部症状に対して理学療法は当然であるが問診からはじまり,既往歴,ストレス因子,環境因子,症状の緩和・増悪因子などを聴取していく.前文にも記述したようにテレビやスマートフォンの視聴時間に加え,どのような環境と姿勢で視聴しているかも理学療法評価では重要である.実際の理学療法では徒手療法(マニュアルセラピー),姿勢トレーニング,患者教育などを併用して行うことが推奨され(N.corp,2020)、エクササイズとしてはストレッチ,可動域練習,(持続的)筋力強化練習,バランス練習(姿勢トレーニング含む)が一般的である.理学療法評価をもとに症例に合わせた理学療法を処方していく.本講演時にはスライドを通し頭頚部症状に対する理学療法の評価・治療内容などをご紹介したいと思う.
産業衛生学会全国協議会抄録集より学会および講師の許可を得て転載